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第10回国際シンポジウム ● 特集 @
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特集 A メチル水銀汚染の現在−「水俣病」発生確認55年 有馬澄雄先生
第10回バイ・ディジタルO-リングテスト国際シンポジウム トピックスより
メチル水銀汚染の現在−「水俣病」発生確認55年
有馬澄雄 Cert.
ORT-Lac (1Dan) 熊本県バイ・ディジタルO-リングテスト研究会 Current
state of Methylmercury Pollution
Sumio Arima Cert.
ORT-Lac (1Dan)
はじめに
水俣病は、1956年に熊本県水俣市で発見された環境汚染を介したメチル水銀中毒症です。当初、原因不明であったため、仮に発生地名をつけて「水俣病」と称されました。
病因であるメチル水銀は、人間の行動を制御する脳、すなわち中枢神経系を傷害し、もっとも人間らしい、五感の働きや行動を阻害します。
典型的な症状は、中枢性の感覚障害(触感や痛覚の低下。識別覚や立体障害など)、小脳性運動失調、求心性視野狭窄、中枢性の眼球運動・聴力・平衡機能障害と多岐にわたります。また、母親が妊娠中に胎盤を介して、メチル水銀の曝露を受け、脳性小児マヒの障害を起こす胎児性「水俣病」も発生し、メチル水銀汚染の恐ろしさを世界に知らしめています。
〔水俣病に代表されるメチル水銀中毒症は過去の病気ではない〕
確かに今日では、55年前のような、高濃度メチル水銀の急性曝露による中毒患者の発生は見られなくなりました。しかし、現在でも低濃度のメチル水銀に曝露したことによる健康被害が相次ぎ、国際的には、水銀をどのように規制するかが大きな課題となっています。
最近の研究では、魚介類に含まれる水銀は、ほとんどがメチル水銀(95〜100%)であることが明らかにされました。また、日本人のメチル水銀の主要な曝露源は、魚介類とその加工品であることも分かっています。一般的に、食物連鎖の上位に立つマグロ、カジキ、サメ、ブリ、など大型魚介類や底棲魚に、高いメチル水銀蓄積がありますので大変注意が必要です。
〔低濃度メチル水銀汚染は心肺機能低下や発達障害の危険性がある〕
恐ろしいことに、無機水銀の腸管吸収率はせいぜい数%ですが、メチル水銀の吸収率は95〜100%と非常に高い数値です。そして、摂取したメチル水銀は容易に脳へ吸収されます。デンマークのGrandjeanらが行った研究では、鯨を食べることによるメチル水銀の曝露があるフェロー島で、出生時に母子のメチル水銀曝露量を測定し、さらに、検査を受けられるようになった7歳時に、詳細な神経行動学的な検査を行いました。その結果、子どもに注意力、言語能力、記憶力などに発達障害が認められました。
この研究で、妊婦では、母親の頭髪のメチル濃度が10ppmで危険値、5ppmでも胎児に傷害を与える可能性があることが明らかにされました。14年経過後の調査では、幼児期の心配機能の低下や発達障害などが指摘されています。Grandjeanらの研究は、研究デザインが厳密になされており、WHOをはじめ世界各国の衛生機関は、これらの研究に基づき妊娠可能な女性や妊婦は、メチル水銀の高い魚(とくにマグロなど)の接触は控えるべきなど厳しい勧告を出しています。この研究に基づき、世界各国では水銀の規制など取り決めていますが、日本だけが遅れています。
また、現在、水銀汚染は大気汚染を通じて地球上に拡がり、その防止は、国連環境計画(UNEP)の緊急の課題となっており、その主な汚染源は、各種工業生産に使われる水銀や、石炭火力発電、金採掘などで使われる水銀であるとされています。
それでは、実際に私どもが、実施した疫学調査などを紹介し、メチル水銀汚染が投げかけている問題について考えてみたいと思います。
1鶴田・有馬らの疫学調査(2000〜2006年)
〔現代日本人を蝕む低濃度メチル水銀汚染〕
2000年〜2006年に、不知火海沿岸のメチル水銀汚染地域の漁村住民約70人と、全く汚染のない漁村住民63人の、感覚障害と運動機能障害に焦点を当てた健康状態を比較するため、疫学調査を行いました。
その結果、長い間、低濃度メチル水銀に曝露された漁民に、多彩な自覚症状と従来報告されていたよりはるかに多様な感覚・運動機能の障害が認められました。しかも症状の変動や運動の乖離が多く見られ、高次脳機能障害と考えられる症状を認めました。また、頭髪中の水銀値は、汚染地区では、現在では非常に低く、汚染地区住民にみられる症状は過去の汚染によるものと考えられました。一部の地区で水銀値が高く、詳しく調べてみると住民が寿司職人でした。日本で1970年代までは、メチル水銀汚染レベルが高いと考えられ、主に魚食および水銀農薬による米食を通じて取り込まれました。現在では、「水俣病」のような典型的な中枢神経症状は発現しないかもしれないが、低濃度のメチル水銀汚染による健康に対する負の影響があったと考えられます。
また当学会で岡宗由先生が指摘されているダイオキシンやPCBとともに、メチル水銀も若者に多く見られる「きれる」「うつ」などの行動に影響があるのではないかと思います。
2赤木らによる母体内におけるメチル水銀の濃縮
〔体内のメチル水銀濃度は髪の毛で分かる〕
国際的なスタンダードとして認められた微量メチル水銀分析法(赤木法)を開発した赤木らは、その主たる標的器官が脳であることから、脳中メチル水銀濃度を反映する生体指標を検討しました。脳のメチル水銀濃度比は、その曝露レベルに関わらず一定の値を保つことが動物実験で示されており、血液中のメチル水銀濃度は脳中濃度を知る為の良い指標とされています。一方、頭髪中のメチル水銀濃度も頭髪形成時の血液中メチル水銀濃度を反映し、サンプルの簡便さ、保存の良さなどから、メチル水銀曝露の指標としてよく用いられています。検討の結果、血中メチル水銀濃度:頭髪中濃度=1:250であり、頭髪中水銀量が脳内蓄積量を反映することを明らかにしました。
〔胎盤を通して胎児に与える影響は約10倍〕
赤木らは産婦人科医とともに精度の高い分析法を駆使して、出産前後の母子のメチル水銀血中濃度を測定しました。その結果、母親からのメチル水銀は主に胎盤経由で取り込まれ、母乳からは微量であることが分かりました。メチル水銀は、システインなどにより結合して母体の胎盤を通過し、その結果、胎児には母親の約10倍ものメチル水銀が蓄積します。母親の摂取濃度が高くなればなるほど、胎児への影響はうなぎのぼりになります。メチル水銀は胎盤(保護バリア)を通過し、胎児の脳に障害を引き起こします。こうして発生したのが、胎児性水俣病でした。
結語 予防のための問題点
〔遅れる日本の対策〕
日本では、メチル水銀中毒症である「水俣病」が、国策的企業の工場廃水無処理放流に伴って発生したため、政府は企業擁護を優先しました。そのため被害を拡大させたばかりか、汚染の拡がりや被害者の特定がされないまま、40年前の知識で対策がされている現状です。日本では、水銀に対する対策は非常に遅れています。一例をあげると、日本の魚介類の水銀規制値は、1974年に暫定的に定められた総水銀0.4ppm、メチル水銀0.3ppmのままです。この基準値は、メチル水銀0.4ppmと同義であり、低濃度メチル水銀の健康影響が考えられ、とくに胎児に対する影響はとても大きいと考えられます。世界各国は、魚介類中水銀値は日本の5分の1に規制しています。
〔マグロなどの大型魚の摂取、妊婦は要注意!!〕
魚食民族である日本人は、現在も魚からメチル水銀を取り込んでいることになります。魚には、α―リノレン酸系のEPAやDHAを多く含むため、その是非が議論されていますが、私どもの調査でもマグロ多食者は頭髪メチル水銀濃度が高く(最高28.8ppm)、このような人たちの将来が心配でなりません。また母体より胎児の脳がもっと侵害されるので、妊娠時はメチル水銀が高いマグロなどの大型魚や底棲魚を食べ控えたほうが良いでしょう。
さらに、中国から国境を超えてくる汚染も問題となっています。中国の石炭火力発電所から大気中に放出された多量の水銀が、韓国、日本、アメリカ西海岸で確認されています。2013年の国際的な「水銀規制条約」を締結する動きがありますが、水銀の使用制限を中心とする規制強化は本当に急務な問題です。
また本学会で対象となる、癌その他の難治性疾患に診断のパラメーターとして水銀が挙がっていますが、BDORTで使用するパラメーターは金属の水銀であることが多くみられますが、少なくとも日本人の水銀の体内取り込みは魚食によるものと考えると、組織中の水銀の形態も含めた方面の検討が必要であると思います。
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